「陽光を浴びた川面のようにきらめ」く眸と,「艾に似た香色で」「艶やかで瑞々しく,弾力があって,内側から鈍く光る。唇をつけると,ほんのりと草の味が」する浅黒い肌を持つおもんは,ピグマリオニストにしてネクロフィリアでもある。葵小僧への生首愛…鑑賞するにとどまらず,その声を聴き,性具としても用いるのだ。生を享けた八丁目村とは,現在の野田あたりか?>江戸にとっては鬼門? 水と火の因果は巡る。刺青を入れる清吉の弁「まず墨で蓬を描いたんだ。けどよ,それだけじゃあ様にならねえ。そんなら花を加えようってことになったんだが,蓬の花じゃあ小っちゃすぎる。それに花は紅じゃなけりゃあな。…そうだ。あざみだ。あざみなら,蓬の葉に添えてもおかしくねえ」蓬は清吉自身,あざみはおもんである。治安維持側の確執,下流社会のネットワーク,江戸の町々の有機的地理学,商家や薪炭業のなりわいなどは副次要素だが,さりげなく書き込まれている(権力と密着した非人頭・車善七の暗躍にも要注意)。「みんな『退屈』しているのだ,生きることや,働くことや,蔑まれることや,飢えることや,救いのない日々の暮らしに」粂次郎(殺し損ねた弟ではないかとおもんが執着する)は考える。そして,おもんが自嘲するように「巷をひっかきまわし,華々しく空へ駆け上りたいという衝動。考えただけでむずむずしてくるような何か」それだけが重要である。しかし,粂次郎を取り返しにバスチーユ襲撃(江戸庶民はキミらの味方やろーが)みたいなんが起こるのかと期待したのに,替え玉交換とはまた牧歌的な(=_=;) そんでもって,ここ一番の捕り物場面で思わずおもんを救ってしまう裕之助(→初対面の頃の「おもんはますますいらだった。…やさしさは,満ち足りた者の特権である」との叙述)の色ボケぶり。ラスト生き延びたおもんにとって,裕之助こそが次の生首(オモチャ)であることが暗示されるのでした。