石垣りん詩集 (岩波文庫)

石垣りん詩集 (岩波文庫)

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2015/11/18
  • メディア: 文庫
 

 

赤坂生まれで、一家の大黒柱として日本興業銀行に勤務。生涯婚姻せず。なんてことは知らなかった。今はどうか知らないが、それなりに教科書とかにも採りあげられた人なのである。編者の伊藤比呂美は同世代だが、その詩には興味を持てなかった人。延々と解説を書いているが、詩の方がはるかに雄弁である。

しかし、広く人口に膾炙した「明るい」詩より、圧倒的に陰鬱な詩が多い。

いろいろと突き刺さる詩なのだった。例えば、こうした絶望的な拒否感覚。

石鹸のない日にはお米もなかった/お米のない日には…心は餓鬼となりはてた/日常になくてならぬもの

待っているのは竹籠の中の粗末な衣装/それこそ。彼女のケンリであった/文化も文明もまだアンモニア臭をただよわせている/未開の/ドロドロの浴槽である。

日本の家は屋根が低い/貧しい家ほど余計に低い。/その屋根の低さが/私の背中にのしかかる。/病父は屋根の上に住む/養母は屋根の上に住む/きょうだいもまた屋根の上にすむ。/負えという/この屋根の重みに/女、私の春が暮れる

半身不随の父が/四度目の妻に甘えてくらす/このやりきれない家/職のない弟と知能のおくれた義弟が私と共に住む家。/この愛というもののいやらしさ、

夫婦というもの/ああ、何と顔をそむけたくなるうとましさ/愛というものの/なんと。たとえようもない醜悪さ。

台所に散らばっている/にんじんのしっぽ/鳥の骨/父のはらわた/四十の日暮れ/私の目にはじめてあふれる獣の涙。

かなしみは倍になる/つらさも倍になる/これは親族という丈夫な紐/一振りすると子が生まれ/ふた振りで孫が生まれる。/貧乏のネウチ/溜息のネウチ/野心を持たない人間のネウチが/どうして高値を呼ばないのか。

いらないおりんの/くいしんぼう/いらないはずのべべをきて/いらないはずの年とって/いのちひとつをもてあます/そのゆたかさをもてあます/ああいらない/なんにもいらない/いりません。

ギセイというには大げさな/常にこねまわされ、慣らされた/陰湿な、この重たさ。/私が生まれてきたのは/何ひとつ得るためではなかった、と。/みんな失うために/あげるために/生まれてきたのだと。きゅうりはやせる/しょっぱい汗をかく。