• アジアのニヒリズム

残酷と非情 (1968年) (ヒューマン選書)

残酷と非情 (1968年) (ヒューマン選書)


森乾氏寄贈とあり,作者本人?らしきサインもある本を図書館で借りた。金子の本を読むのは18年ぶりだ。軽めの批評の第一部,定番ネタとでもいうべきアジア放浪の第二部ときて,第三部のエッセイ?集わけても「黄色いエロティシズム」が出色に面白い。第四部・第五部の文明観?は現代でもさほど古びていないが,とりわけラストの部分は散文詩のようだ。

まず,きゅうくつな足の義足をひっこぬき,左手の義手をはずして机のうえの,金魚鉢のところへ置こう。それから,浅みどりいろのガラス玉の,片方の眼をぬいて,手のひらの上に受けて,重さを秤り,それを陽にかざしてみる。こうしてみると,ぼくの正真正味は,わずかしかのこらぬ。充分だ。処分する時,なるたけ,かさのないほうが便利だ。不幸がうしろからのぞいていても,これ以上のことはないからふり返るまい。それに,今夜は,ずぶぬれな二人の客,揚子江の水底から,伍子胥の漁夫と,洗濯女が小鯊と鱖魚を手みやげにもってはるばるここへ訪ねてくる約束がある。