• 特に書くこともないので,16年前(1990/7/20)の散歩日記を記します。

>>早稲田で降り,都電へ歩く。ボンマルシェで470円のオムライス(豚汁付)を喰う。この辺りはまだ価格が10年逆戻りしてる。都電の北東の一角の呑み屋街がまだ健在だが,いよいよ危なそうだ。何度か這入ったホッピー屋が潰れている。オデン屋の前の貼り紙「当分休みます」にガンバレだの愛してるだのと寄せ書きがしてある。安部球場裏が更地になっていた。
東池袋5丁目の日の出優良商店街を歩く。古く良い味を出している商店街で,未だ空き地が殆どない。サンシャインの隣りであることなど忘れてしまうほど空が近い。八百勘と魚亀の付近が最も賑わっているが,おしなべて安い。一歩路地を入ると豊島岡陵への坂道が迷路のように延びていてアパートがやたらと多い。反対側の都電側もまた古い崩れそうなアパートや小さな住宅が密集している。夏の夕暮れに,クルマも入れぬ道を歩くのは好い。ネコがやたら多いが…。5丁目30〜40辺りは特に凄い。若い白人が廃屋に棲みついている。崩れかけた床屋。大塚6−2の倉庫,6−11−8窪田邸,赤尾一族は営利目的の建替やめろ!のビラ,その前の手作りパン屋と横の印刷屋,たくさんの路地が春日通りから坂になっている。その反対の開運坂を上り,清水建設の掲示板を見る。地上25階!(現在4階)ただし,昭和60年の看板だ。
ここから不忍通りにかけての道にも古い建物が数多く残る。五丁目児童公園隣の家は奇妙な動物の面や石像が周囲を囲っている。<<