日和下駄 (講談社文芸文庫)

いやもう、荷風節全開。殆どどっかで読んだような文章だが、云うたらボブ・ディランの本人によるヘンタイヴァージョンを聴いている感じ。

廃頽と進歩との現象のあまりに甚しく混雑している今日の大川筋よりも 深川小名木川より猿江裏の如く江戸名所の名残も容易くは尋ねられぬ程になった処を選ぶ

三崎町の調練場跡は人殺や首縊の噂で夕暮からは誰一人通るものもない恐しい処だった

鮫ヶ橋の貧民窟のブリキ屋根はひとしお汚らしくこうした人間の生活には草や木が天然から受ける恵みにさえ与れないのかとそぞろ悲惨の色を増す。

観潮楼の崖、切支丹坂の崖は分かるが、芝二本榎の崖は何処やら?

百花園を訪うのは花のない時節に若くはない。

カルメンの演出は仏蘭西人を俟たねばならぬが如く、トリスタンは独逸人でなければならぬ。イウジェーン・オネーギンもその本国人である露西亜人でなければ。