ヴィヨンの妻 (新潮文庫)

ヴィヨンの妻 (新潮文庫)

 

 太宰なんぞ読むのは30年以上ぶりか。まーダメな人ですよね。「親友交歓」の平田なんて,30年前にはまだ存在してましたよ。「トカトントン」の音は折角「ミリタリズムの幻影を剥ぎとってくれた」のに,恋愛や創作や思想やらを虚無化させていくのですな。「父」の三鷹のおでん屋で逢った女とか「母」の食えない青年とかは,それなりには余裕のある作家の対照物件。ヴィヨンの妻は小金井住まいで中野や吉祥寺が出てくるが,「終戦前までは,女を口説くには,とにかくこの華族の勘当息子という手に限る」って話。「おさん」の「男のひとは,妻をいつも思っている事が道徳的だと感ちがいしているのではないでしょうか」という箴言。「家庭の幸福」の「武蔵野の一角に,八畳,六畳,四畳半,三畳の新築の文化住宅みたいなものを買い,…三鷹町の役場に勤める」という設定のいじましさ。「桜桃」の「生きるという事は,たいへんな事だ」はもはや実感過ぎるほどイタイ。☆★