ブーガンヴィル航海記補遺―他一篇 (1953年) (岩波文庫)

ブーガンヴィル航海記補遺―他一篇 (1953年) (岩波文庫)


26年前に買った本をようやく読了。
「お前さんが宗教と呼ぶ代物が何だかわしは知らないよ。しかし,そいつはヤクザなものとしか考え用がないね。自然という一番偉い支配者がわれひとみんなにすすめてくれる無邪気な樂しみを,その宗教とやらってのは,味わっちゃならないとお前さんに申し渡しているのだからね」ハイ,島の土民オルーの言に異議なし。「子供を育て年寄りを養うために,この國の産物全體の六分の一をあてている」という辺りはかなり現実的だ。女房や娘をあてがわれた従軍牧師の「だけど,わたしの宗教が! だけど,わたしの職分が!」の叫び(結局,娘のアストといっしょに寝て,良心の呵責に興奮し,禮節をおもんぱかり,あるじの妻にその夜を捧げる…んですが)には爆笑しますたw
一方,「女性におどろくこと」の「戀愛の情熱,嫉妬の發作,母性愛の陶酔,迷信にこりかたまる瞬間,疫病のように民衆のあいだにひとがる情緒に対する共鳴の仕振りにおいてであるが,こういう場合の女性はクロップシュトックの熾天使のように美しく,ミルトンの悪魔のように怖ろしい。……女性は自分の情念をひそかにあたためている。つまり,女性の場合,情念は一つの固定點であり,……この固定點にたえず關心を寄せがちになるのである。熱情的な女性は,ただ自分の求める完全な孤獨さえあれば,気ちがいにもなりかねない」という辺りは現代でも肯首できるかも。「『お嬢さん,あなたのいちじくの葉に用心しなさい。あなたのいちじくの葉は具合がよい。あなたのいちじくの葉は具合が悪い』色好みの國において,一番認められにくいものは男性の愛の告白の価値である。男性も女性もそこに享楽の交換しか見ないのである。しかしながら,『ぼくはあなたを愛しています』という言葉は,まさに次のことを意味する。『どうでしょう。あなたの純潔とあなたの品行をぼくにささげてくれませんか。あなたがお持ちになっている自愛の心と,ひとがあなたに示している尊敬を,綺麗さっぱり捨ててくれませんか。……まともな暮らしはいっさいあきらめて下さい。御両親には死ぬほどつらい思いをさせ,そしてぼくには快樂のひとときを與えて下さい。そう願えたら,ぼくはほんとうにありがたいのですが」という自分の娘にも与えた訓戒は身も蓋もなくてよろしい。