中島敦 (ちくま日本文学 12)

中島敦 (ちくま日本文学 12)


一般には「李陵」「山月記」辺りが文学史上の有名作なのだろうが,実は初めて読んだ。前者が匈奴と漢とに分裂した存在と意識の極めて近代的な小説なのに対し,後者はもっと直截にトラとヒトに分裂した男の怪異譚であって,成程,充分に現代でも通用するテーマなのだ。儒教的な「弟子」「悟浄歎異」と老荘的な「名人伝」「悟浄出世」という対照も興味深いが,どうしても後者に傾斜してしまう私ですよ。なんと,話の舞台がエジプトやらアッシリアやらにまで及ぶ作品もあるが,これはあくまで想像の話。しかし,実際に作家が5年半の少年時代を過ごした朝鮮を描く「巡査の居る風景」や,晩年に赴任したパラオの逞しい女性を描く「マリヤン」は,圧倒的な実在感を読者にもたらす。前者は朝鮮人巡査を主人公としたことで捻れた事象心象を見事に描くし,後者はコロニアル文学の一隅に捕獲されてもそこをドロリと滲み出ていきそうである。そしてまた「かめれおん日記」の凄まじく率直な自己批評。うーん,良い物を読ましてもらいましたよ。池澤パパの解説は余計だったけどね。