- 作者: アルンダティ・ロイ,本橋哲也
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2012/08/31
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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私もまた,民主主義なるものに遺骸しか感じなくなっているし,その名の下にすすめられる,およそ反・非・糞ミンシュシュギには反吐しかもよおさないのでロイさんに親和的なのです。☆
「統一」と「進歩」を今日の言葉で言えば,ナショナリズムと開発である。この2つは,近代自由市場にもとづく民主主義における侵すべからざる双子の塔だ。
インド人民党の「統一」を実際に担っているのは,民族奉仕団と,その私兵集団である。民族奉仕団はムッソリーニの信奉者だったヘドゲワール博士によって作られた。
かつてのガンジー的抵抗運動は軍事武装闘争に取って代わられつつある。すでに飢えているものがハンストをするのは難しいし,稼ぎのない人が税金支払いを拒否したり外国製品をボイコットすること,仕事のない人がストライキをするのは困難だからだろう。
1980年代末,つまりインド市場がセカに開かれた時点までに,インドのリベラルなフェミニスト運動は過度にNGO化されてしまった。さまざまな財団が資金の提供を通じて,どんな「政治的」活動が適当かの範囲を決めることに成功してきた。いまやNGOの会計報告によって,何が女性の「課題」であり何がそうでないかが決められているのである。
ボリウッド映画産業が「カシミールにいるムスリムのテロリスト」映画を量産してきたおかげで,多くのインド人が,カシミールの悲劇はすべて人びとを憎む悪辣なテロリストのせいだと信じるように洗脳されてしまったのである。