植民学の記憶―アイヌ差別と学問の責任

植民学の記憶―アイヌ差別と学問の責任

 

  そもそも私が大学2年の時の話が発端だし、太田竜やら新谷行やらは当時読んでいるのだが。

佐藤昌介・新渡戸稲造・高岡熊雄直系の高倉信一郎が、植民学としてのアイヌ研究を本格的に始めた。原住民族の消滅が高岡の日本内国植民地論の結末だった。

アイヌの歴史は自然の中に落とし込められ、植民は開拓と言い換えられた。やがて、植民する側から植民される側の研究となり、民族問題はうやむやとなった。

植民学は原住民族の存在を前提とするが、開拓は異民族の不在の上に成立する。北大は植民地の大学である。