摘録 断腸亭日乗〈上〉 (岩波文庫)

摘録 断腸亭日乗〈上〉 (岩波文庫)

 

 ・原首相暗殺…一大臣の死は牛馬の死を見るに異ならず、何らの感動をも催さず。

・震災後…つらつら明治以降大正現代の帝都を見れば、いはゆる山師の玄関に異ならず。愚民を欺くいかさま物に過ぎざれば、灰燼になりしとてさして惜しむには及ばず。

・小説家稼業…遊戯の文字より生ずる収益かくの如く僅少ならざるは、けだし夜を挙げて浮華淫卑に走りし証拠なり。

・カッフェーの女給仕人と芸者の比較…芸者の方まだしもその心掛まじめなるものあり。同じ泥水稼業なれど、譬ふれば新派の壮士役者と歌舞伎役者の如きものなるべし。

五・一五事件…或人曰く。暗殺は我国民古来の特技にして模倣にあらず。往古日本武尊の女子に扮して敵軍の猛将クマソを刺したる事を見れば、暗殺は支那思想侵入に先立ちて既に行はれたるを知るべしと。

・ゴルキーNY上陸…米国社会の道徳上正妻ならざるものを宿泊せしむる事能はずと文向ひその宿替を請求したるものとぞ。…奇怪なるは米国の道徳とその風習なり。