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ジャッカ・ドフニ  海の記憶の物語

ジャッカ・ドフニ 海の記憶の物語

 

 この人の本を読むのは、35年ぶりくらい。当時は結構ハマってた作家だった>正直、父親よりも私の中では格上である。そして、70年代の終わりと80年代の中ごろに網走には2度行ったことがある。私もまた、電車の中やユースホステルなどに泊まり、見知らぬ人のクルマに乗せてもらったのだった。

戦後、アバシリに住むようになってから、ゲンダーヌさんは「土人」ということばになによりもおびえつづけたという。……「土人」ということばは、原発の事故で古い過去からふたたび噴き出てきた「ヒバクシャ」ということばをも、あなたに連想させる。……原爆による「ヒバク」で実際に苦しむひとびとを置き去りにした身勝手なおびえ。被害を受けたひとたちがさらに、心理的に追いつめられてきた日本の社会だった。

 そして、皆さんは船に乗り、二ホンの辺境からアジアの周縁へと流浪の旅に。随所に二ホン国への違和と相対化を散りばめて…。うん、世界名作劇場でアニメ化してほしいゾ。

憎しみがうえから与えられて、そいに身をまかせるのは、まっこと、気持よかごたるし、いくらでん伝染するんや。憎まなけりゃならん理由なんぞ、だれも知らん。知りたいとも思っちゃいない。……憎しみというより、残酷さを楽しむ心が、人間にはもともと隠されておるんやろな。

そのまま現在のヘイトモンスターに通ずる。

 暴力とはただ痛いだけのものだと思っていた。けれど、そうではなかった。暴力とは、一方的におそってくる屈辱であり、ひとりの人間が崩れ落ちていくようなこわさだった。

 レイプを語って過不足ない。

土人はなんも知らんと、だれが決めるんだっぺ。シナじゃ、文字を知っとる連中が大いばりで、ふんぞりかえっとるんだと。…文字と強い武器を持っとれば、勝ちってことか?……奴隷は奴隷でバカなんだ。金持ちの大きな家の奴隷が、そうでもねえ家の奴隷よりえらいと思って、いばるんだ。おんなじ奴隷同士のくせしてさ。

 まるでニホンジンみたいだわ。

きりしたんのころしかたをみても、二ホン人にはどうも、この品位の意味がわかっとらんらしく、そこがおそろしか、とコンパニーではもっぱらのうわさになっとります。

 コンパニーはオランダの東インド会社。前帝国主義の時代から、ニホンジンは品位に欠ける何やら得体の知れぬ存在みたいなのだ。