水の上 (岩波文庫)

水の上 (岩波文庫)

 

 筆者は執筆当時未だ38歳だったらしいけど,何とも老人のように醒めた目で皮肉たっぷりに綴られる紀行とも小説とも日記とも随想ともとれる作品。光溢れるコート・ダジュールなのに,何と暗鬱なことだろう>だが,そこがイイ! まるでダダイスムの先駆のようだ。☆★

・動物が,その種族の最初のものから最後のものへと精液のうちに遺伝する不変の本能をそなえた,生ける機械のごときものであることに,果して何人も憎悪を感じなかったろうか?

・戦争!……打ち合い!……首斬り!……人間の虐殺!……しかし,われわれは,今日,これほどの文明を持ちながら,…人殺しを教える学校,はるか遠方から,完全に,多くの人間を一時に殺し,家族を背負った,前科もない,無辜の哀れな人々を殺すことを教える学校を持っているのだ。

・文士には,もはや単純な感情というものは,少しも存在しない。彼が眼にする一切は,その喜びも,楽しみも,苦しみも,絶望も,直ちに観察材料となるのだ。…ものを見たとなると,それが何だろうと,すぐにその理由を知らずにはいられないのだ!

・教会のなかで,結婚式がとり行われていたのだ。折から,一人の坊主が,あんなにも強く人々を興奮させ,あんなにも笑わせたり,悩ませたり,泣かせたりする,厳粛でしかも滑稽な動物的行為に,大僧正然とものものしく,ラテン語で,認可を与えていたのである。…この儀式たるや…通常は十分つつましく注意してひた隠しにされていることが,公然と祝福されるという,敬虔でしかもはしたない見世物なのだ。

・人間は,誰かの主になりたいという欲求にかられたあまり,専制政治や,奴隷や,結婚などの制度を生みだしたのである。…およそ愛の感情というものは,権柄ずくになるならば,その魅力を失ってしまう。

・彼(フランス人男性)は,彼女たちに何も要求しない。ただ,ほんの少しの優しい情愛を,ほんの少しの信頼か関心を,ほんの少しの愛想を求めるだけだ。…彼は,女たちの足もとに坐るのを好む,ただ,そうしているのが楽しいからである。…世界中でひとりフランス人だけが機知をそなえている。