マルテの手記 (光文社古典新訳文庫)

マルテの手記 (光文社古典新訳文庫)

 

 正直,話はかったるいし,さして傑作とも思えない。しかし,読み飛ばすうちに,だんだん自分の死についてかんがえるようになってきた。

印象に残ったのは僅か2箇所のみ。★

・大衆の淫らな耳からあなた(ベートーベン)を取り戻す人がいまはいないのだ。…そこ(コンサートホール)では精液のように音楽が流れ出している。彼らは娼婦のようにそれを受け止めたり,もてあそんだりしている。

・虚無のただ中,水没した森の上で,人々に望まれ,強いられて,ひたすら存在しているヴェネチア。…この体の,強引で,自分をどんどん拡張していく精神。その精神は,香りの良い国々が放つ芳香よりも強い。貧しさの象徴だった塩とガラスを他国の財宝と交換した,相手を巧みに暗示にかけられる国。